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日々の開発学習の進捗確認とテクノロジーに関して考えたことをまとめます(ブロックチェーン学習中)

1012_書評12:中央銀行が終わる日: ビットコインと通貨の未来(岩村充)を読んだ

今回はビットコインの発展に伴って既存の貨幣通貨、円やドル、ユーロなどと比較した場合、それぞれはどういった関係性になるのか。ビットコインブロックチェーンによってDecentlizationの流れが広がっていく中、今までの通貨発行、金融政策の中央管理者の中央銀行やその担い手である金融業との関係性はどのようなものであり、それらの歴史はどういったものであったのか、そして未来においてはどうなっていくのか。そういった面を調べたく、当時日銀に勤め、今は経済学者である著者の本を読みました。

印象に残ったフレーズ

社会の利益を増進しようと思い込んでいる場合よりも、自分自身の利益を追求する方が、はるかに有効に社会の利益を増進することがしばしばある。

アダム・スミス国富論

われわれの自由社会にとっての問題は、たとえいかなる犠牲を払っても失業が発生することは許されず、その一方で強権を発動する意志もないとすれば、あらゆる種類の絶望的な方便を採用しなければならない羽目になってしまうだろう、という点である。それらのどれ一つを取り上げてみても、長続きする解決をもたらすことは不可能であり、全てが、資源の最も生産的な活用を深刻に妨げるまでに至るだろう。とりわけ注意すべきは、金融政策はこのような困難に対して、何ら本当の解決策を提供することができない、ということである」

フリードリッヒ・A・ハイエク「隷属への道」

現代の通貨システムの悩みはこれ

「金融政策における不都合な現実」

金融政策の本質は現在と未来を交換する事です。豊かな未来が展望できているときは金融政策の力も大きくなります。しかし、展望できる未来がそれほど豊かではなくなれば、今は経済政策の主役のような顔をしている金融政策も、徐々に退場へのシナリオに入らざるを得ないでしょう。金融政策というのは貨幣制度の維持にとって必須のものではありません。中央銀行が独占的な貨幣の発行者であることは金融政策の有効性を確保するためには必須に近いものですが、その金融政策が機能しない、あるいは大多数の人々に豊かさを保証するものでないと人々が思い始めれば、中央銀行が独占的に貨幣を発行することへの合意も崩れ去るでしょう。金融政策は、19世紀に入ってからの世界が幸運にも成長の時代に入ったことの余得のようなものとして始まったにすぎないからです。そして、今、その金融政策がもはや「使命」としてではなく「重荷」になってしまう、その可能性を排除できなくなりつつあるように思えてなりません。

「通貨を国の強制ではなく自由な選択に委ねるべき」
ハイエクによる「通貨の選択」

当時、貿易や資本取引に伴う巨額の送金を確実に行うためには、中央銀行や民間銀行が提供する資金決済ネットワークやSWIFTなどの情報システムを緊密に結合して、どんなに巨額の処理であっても迅速かつ間違いなく処理することが是非とも必要だったから。

確かに大口には必要。

今、状況は変化。国境を越える人の移動の活発化やネットショッピングの普及から増加している少額の国際送金の当事者にとっては、何よりも送金コストが安いことの方が重要。百万ドルの送金をするときには問題にならなかった十ドルとか二十ドルの為替手数料が、百ドルのワインを個人輸入するときには大きな障害になってしまうのです。

これによってビットコインなどのコストの低い小口決済用の暗号通貨の需要もあり。

銀行と銀行の間の資金決済は中央銀行が提供するオンラインシステムを使って行うのが普通。日本では日銀ネット、米国ではフェドワイやいうシステム。他方で、送金情報などと呼ばれる誰の預金口座から誰の預金口座に資金を移動するかという明細書に当たるような情報は、民間銀行たちが連合して運用している全銀システムという名のデータ交換システムでやり取りをしています。国際間では、これがSWIFTになるのです。

ゴミゴミしてて管理コスト、人件費などがかかるので、大口、小口での使い分けが必要。

銀行券モデルの運営費

日本銀行
-深凸版印刷
-すき入れ
-バーパターン
-ホログラム
-潜像
-パールインキ
-マイクロ文字
上記の世界最高水準と言える偽造防止技術が使われている。原版の作成作業もまた凝りに凝った職人芸になっている。一枚あたり平均で15円強。人件費が、「主要国の10万人あたり中央銀行職人数」ではロシアで51人、フランス20人、ドイツ13人、アメリカ6人に対し、日本は4人。かなりエコ。

中央銀行の存在意義は?

中央銀行による通貨供給は経済学の大原則と矛盾する、限界費用価格という観点からすれば、金利がゼロの銀行券をベースにする円やドルの金利なんてゼロで十分ではないか。フリードマン。1969年の論文。その通りにすると金融政策は無くなってしまう、金利は永遠にゼロになってしまうと困る。

フリードマンの言うように限界費用価格での銀行券発行を現実の課題として検討しても良い。貨幣利子付きの銀行券を提供することはケインズの「流動性の罠」つまり金利をマイナスにすることができないことから生じる問題を解決できるだけでなく、そうすることで金融システム全体をより安全なものにできるかもしれないのです。  

技術を利用して新たな制度設計が必要。

最適通貨:資源価格の急変や技術環境の激変というような予期せぬ外生的ショックが加わったといでも金融政策は一つで十分。金融政策を一つにすることができれば、それに合わせて通貨も一つにした方が商売も投資も活発になるだろうということ。ユーロが作った議論と同じ。最適通貨圏はあくまでも中央銀行と金融政策の存在を前提にしている。対立の火種になりかねない。

今のEUを見るとよくわかる。

バブル崩壊後の日本、リーマンショック後の米国、そして欧州、そうした国々の中央銀行たちが陥った状況を見ると、それが彼らの決定の誤りや政策の失敗によるものだとは思えない。

確かに

誤りや失敗であれば、それを犯しても組織や制度が変わることはない。誤りや失敗は直せば良い。しかし、誤りでも失敗でもないのに機能が不全に陥っていくのであれば、仕組みそのものを考え直さなければなりません。

現実こういうことだと思います。おそらく政治も同じ感じなのですが、向こうは選挙戦に勝つためにやってる人の熱気にまともな人が潰されている。プラス年寄りによって若くてやる気のある人が消されている。同調精神が強い。

金融政策が機能不全に陥った直接の原因は「流動性の罠」。金利ゼロの金融資産である銀行券が存在する限り、金利はゼロ以下になることができません。そのため、金融政策はインフレ対策には向いているが、デフレ対策には限界があるわけです。

日銀の人がこれいうと説得力がすごい。

日本は厳しいと思います。欧州も同じでしょう。なんとかなる可能性があるのは米国で、人口ピラミッド比較で見れば、自明のうちに入ると思います。米国の金融政策では「出口」の議論ができるのに日本ができないのは、日銀が怠けているとか下心があるのを隠しているとかによるのではなく、本当にできないのではないかと私は思っています。

悲しい未来。

日本について描けるのは貨幣価値の部分崩壊に近いほどの突然の物価のジャンプアップが来て、その後にまたしぶといデフレが戻ってくる、そういうシナリオだけになってしまうのではないか、そのように思えてならないのです。

時代の流れに合わせて、仕組みの変革は必要。

そんなシナリオが実現してしまったら、中央銀行は終わってしまうかもしれません。金融政策というのは、現在の豊かさと将来の豊かさを国民経済全体として交換する政策でしかありません。ですから、かつての成長の時代にあったような将来の豊かさへの予感が消失してしまったら、金融政策はその役割を果たしようもないのです。そして世界的に侵攻する格差の拡大があります。格差拡大自体は金融政策の責任ではないのですが、しかし金融政策を「良きもの」とする社会的な合意基盤を崩すものであることは間違い無いでしょう。中央銀行はインフレを目指すという、それで景気は良くなるという。確かに企業業績は良くなったらしい。だが、賃金は上がらない。残るのは物価のジャンプアップによる老後の蓄えの減少への恐怖だけだ。そうとなったら人々の怒りは中央銀行に向くことになります。それは中央銀行の終わりを意味するはずです。

ビットコインに円やドルのような信用貨幣は負けるか?

→それは無い。円やドルのような信用貨幣の方が、ビットコインのようなPOW貨幣よりもはるかに安く、地球資源に負担をかけず作り出せるから。補完的かつアンチテーゼ的な地位にとどまる。

未来の中央銀行の役割。

安定した「価値尺度」を提供する。
誰もが安定した価値尺度だと認めるような分析と方法論を持って貨幣利子率を決定し、その利子率のデジタル銀行券を世に提供し続けること。
why?現在と将来とを交換する契約である金融契約の安定をさあ支える役割を持っている。